2006年04月28日

時代を読むハンガリー民族

ハンガリー

 ハンガリーは時代の動きをいち早く察知する能力を持っている民族ではないだろうか。同国の近代史を振り返ってみると、そのような感慨を持たざるを得なくなる。

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 今年10月には「ハンガリー動乱」50周年目を迎える。旧ソ連軍に鎮圧され、数千人の国民が殺害され、25万人以上の難民が出た同動乱は、旧ソ連・東欧諸国の民主化運動の先駆的な出来事だった。

 1968年のチェコスロバキア(当時)の「プラハの春」も、80年代代のポーランドの自主管理労組「連帯」運動も、程度の差こそあれハンガリー動乱に触発されて起きた出来事であった、といっても過言ではない。

 また、「ベルリンの壁」が1989年末に崩壊し、旧東西ドイツが統一できた直接の契機は、ハンガリーが対オーストリア国境を一方的に開放したことと密接に関係する。国境のオープンを知った数千人の旧東独国民がハンガリー経由でオーストリア、旧西独へ亡命していったからだ。
 大量亡命の発生はクレンツ旧東独共産政権をして国境解放に踏み切らせ、冷戦時代の欧州分断のシンボルであった「ベルリンの壁」はあっという間に崩れていったことはまだ記憶に新しいことだ。

 ちなみに、旧ソ連・東欧共産圏で共産主義から決別を宣言した最初の共産党はハンガリーであった。
 ハンガリー民族の「時代を読む能力」は政治分野以外でも発揮されたことがある。モスクワ夏季五輪大会(1980年)が西側諸国のボイコットを受けて規模の縮小を余儀なくされたが、その報復として、旧ソ連圏がソウル夏季五輪大会(1988年)のボイコットを検討していた矢先、ハンガリーはいち早くソウル大会の参加を表明したのだ。同国の参加表明は他の東欧諸国を大会参加に誘導。ソウル大会は当時史上最大の五輪大会となったのだ。ハンガリーがソウル五輪の参加を先駆けて決定していなければ、同五輪が成功したかどうかは確かではなかった。その意味で、韓国はハンガリー民族に感謝しなければならないはずだ。

 そのハンガリーがここにきて脱北者を難民として受け入れることを欧州連合(EU)の中で先駆けて表明した。ハンガリー内務省のクリスティナ・ベルタ次官補(国際関係担当)は今月19日、ブタペストで先月起きた北朝鮮家族(4人)の韓国亡命事件について、「ハンガリー政府は脱北者に対してジュネーブ難民協定に基づいて判断する。わが政府は脱北者に対して難民公認する用意がある」と表明したのだ。

 同高官の発言は欧州近隣国に潜伏する脱北者や北朝鮮国民にとって大きな朗報となることは間違いない。脱北者を政治難民として正式に受け入れられる国が出たきた場合、旧東独国民と同様、多くの北朝鮮国民がそれらの国を目指して亡命していくからだ。そうなれば、北朝鮮の崩壊は現実的となっていく。ここでも、ハンガリーは先駆的な役割を果たしているわけだ。

 ちなみに、ブリュッセルの欧州議会で初の北朝鮮人権聴聞会を主催したのも、ハンガリー出身のイストバン・イバン二欧州議員だった。

 時代の動きを先駆けて読み、それに対応するハンガリー民族が欧州で数少ないアジア系民族(マジャール人)であるという事実は、同じアジア民族の日本人にとっても大きな刺激となるはずだ。

(ウィーン・小川敏)

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sekai_no_1 at 08:21│Comments(2)TrackBack(0)ヨーロッパ 

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この記事へのコメント

1. Posted by 蚊め!   2006年04月28日 11:23
 現地に密接なつながりを持ち、その国の文化背景をよく知る貴紙らしい記事が出ましたね。大変面白く読ませていただきました。
2. Posted by 竹田邦男   2006年08月13日 00:34
ハンガリーという国は、このように言われてみるとそうだなと思わさせられました,さすがにヨーロッパに長い小川さんの記事だだなと思いました。

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