2006年08月30日

プラハのヤン・フス

ウィーンから

 久しぶりにプラハを訪問した。中世の趣を残すプラハは今日、音楽の都ウィーンを凌ぐ中欧の観光地となってきた。

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 宗教改革者ヤン・フスの像がある旧市内広場に足を入れると、世界から集まった観光客のほか、散歩する市民の姿で溢れている。

 「ビロード革命」と呼ばれたチェコの民主改革では、フス像前の広場は反体制派活動家たちの集会所でもあった。同国の著名な反体制派活動家だったバツラフ・ハベル氏(後日、大統領に選出される)もフス像前の広場で民主集会を良く開いたものだ。

 中世の宗教改革者ヤン・フスはチェコ民族に大きな痕跡を残した。チェコ国民は今なお、フスを民族の最大の英雄と受け取っているという。腐敗堕落していたカトリック教会に対するフスの反カトリック主義は、チェコ民族の批判精神、野党精神を育ってていった。

 共産政権時代、スロバキアでは宗教の自由運動が民主化の主導的役割を果たしたが、チェコではハベル氏を中心とした政治運動が民主改革を推し進めていった。この相違は、チェコ国民のフスの影響を無視して到底理解できない。

 ハベル氏はフス精神の継承者だった。小型の中古車に乗ってフス広場に到着したハベル氏は車から降りるなり、Vサインを空に向かって上げた。すると、何時の間にか広場に集まってきた市民が一斉にハベル氏を囲んで「自由を」「民主化を」とシュプレヒコールを繰り返す。劇作家のハベル氏が民主集会の舞台をフス像前に選んだのも決して偶然のことではないだろう。

 フスの改革精神はフス自身の火あぶり刑後、574年後、フス像前で展開された民主運動で実を結んでいったわけだ。

(O)

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sekai_no_1 at 08:45│Comments(0)TrackBack(0)ヨーロッパ 

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