2007年06月12日

テニスと革命との関係

フランスから

 大規模な改装工事が行われているベルサイユ宮殿の中庭で、ルイ十三世時代に造られたテニスコート跡が発見され、話題になっている。

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 テニスだけでなく卓球のルーツにもなっている「ジュ・ド・ポーム」は、宮殿や教会の室内、壁に囲まれた庭で行われ、ボールを壁にぶつけながら行う競技だった。フランスの歴代国王や貴族が楽しんだ後、十七世紀には庶民にも広まっていたといわれている。当時、パリには二百以上のコートがあったという。

 フランスでは実は、今もこの競技を楽しむ人がいて現在、登録選手は約二百人、三つのクラブが存在している。

 だが、ベルサイユのテニスコートといえば、一七八九年六月二十日、大革命の混乱の中、多数派の第三身分議員らが、ベルサイユの室内テニスコートに集まり、憲法制定まで解散しないことを誓った、「テニスコートの誓い」が有名だ。

 その時のコートは、フランス最後の国王ルイ十六世が造ったもので、現在は記念館になっているが、テニスコートだったことを思い出す人は少ない。

 世界遺産であるベルサイユ宮殿は、地面を掘り返し、壁をはがすたびに、新たな歴史的発見がある。今回のテニスコートは、タイル張りになっており、その当時の優雅な宮廷生活を想像することができる。だが、テニスとスカッシュを合わせたような「ジュ・ド・ポーム」という競技は結構、ハードなスポーツだ。

 現在、クラブに所属しているフランス人によると、相当な体力が要求されるということだ。彼は貴族の末裔(まつえい)ではない。当時は、どのような姿でプレーしていたのかは分からないが、フランスの宮廷文化の一部として、今も、細々と生き延びている。

(A)

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