2007年08月14日

数奇な人生

フランスから

 パリの大司教も務めたジャンマリ・リュスティジェ枢機卿が五日に亡くなり、パリのノートルダム大聖堂で葬儀が行われた。アメリカでバカンス中のサルコジ仏大統領も急遽(きゅうきょ)一時帰国し、葬儀に参列した。がんで八十歳の人生を閉じたリュスティジェ師だが、その葬儀からも彼の数奇な人生がうかがえる。

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 リュスティジェ師は、ポーランド系ユダヤ人としてパリに生まれた。彼自身は十四歳の時にカトリックに改宗したが、親族は皆、ユダヤ教徒だった。母親は第二次大戦中、ナチス・ドイツのユダヤ人強制収容所アウシュビッツで亡くなっている。十代の多感な時期に、ナチスのユダヤ人狩りを黙認したカトリックとユダヤ人親族の間で葛藤(かっとう)の日々を送った。

 一九五四年に司祭となり、八三年に枢機卿となった。ローマカトリックの法王は、枢機卿らの手によって枢機卿の中から選ばれる。ユダヤ出身の枢機卿が法王になることの意義を説き、推薦する他の枢機卿もいたという。フランスを代表するパリ大司教を二十三年間務め、宗教界をリードした。

 フランスには欧州最多の約六十万人のユダヤ人が住んでいる。アラブ系の六百万人に比べれば、一割の数字だが、政界、財界、学界などの著名人にユダヤ人は多い。実はサルコジ大統領も母親はユダヤ系ギリシャ人だ。だから、彼には今回の葬儀は特別な意味を持つ。葬儀礼拝の前に、大聖堂の前にユダヤ教のラビや枢機卿の親族が集まった。

 枢機卿は、十年前からフランス学界に君臨するアカデミー・フランセーズの会員でもあった。フランスを代表する有識者の一人としての発言は常に注目されたが、特にユダヤ出身者というところに宗派を超えた好感が持たれたようだ。参列者にはプロテスタント、ユダヤ教、イスラム教など多くの教団の聖職者も集まった。

(A)

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sekai_no_1 at 09:03│Comments(0)TrackBack(0)ヨーロッパ 

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