2008年04月12日

生活道徳の立て直しを

韓国にて

 私が韓国を初めて訪れた一九八八年のころは、地下鉄やバスでお年寄りに席を譲る光景をよく見かけた。また、若い人同士でもバスの中で立っている人の荷物を座っている人が持ってあげたりすることは、よくあることだった。儒教が生活道徳にまで深く浸透している韓国社会を感じたものだ。

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 あれから二十年、このような光景を見かけることが少なくなった。昔の韓国を知る者にとっては、とても残念なことで寂しい限りだ。このような道徳基準の変化は、家庭の秩序を乱し、社会にさまざまな問題を起こしている。現在、韓国は離婚率が世界で最も高い国になり、さまざまな凶悪事件が起こるようになった。人間関係の信頼が崩れ、隣にどのような人が住んでいるかも分からない。こういった現象は、特に韓国だけにあるわけではないが、韓国の場合は素晴らしい道徳基準を持っていただけに、その落差を感じる。

 ただ、道徳基準が全くなくなったわけではなく、いまだに韓国人の共通基準として認識されているため、昔のような道徳基準を回復することは可能だと思う。そのためには、家庭の秩序を正すことから始めなければならない。韓国の家庭では父親が箸をつけてから、食事を始めるルールがあった。女性を蔑視しているという指摘もあったが、そのようなルールがなくなることで、失うものが多くなったような気がする。

(志田康彦・京畿道九里市在住)

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