2009年09月14日

迫力満点の闘鶏

タイから

 概してアジアの女性は働き者だが、男は南北でがらりと様相を変える。厳しい冬が待ち受ける北では、男どもは働かざるを得ないが、南国ではのんびりしたものだ。豊穣な土地の恩恵で食うには困らぬ風土が、楽天的な国民性を植え付けたようだ。

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 ぶらぶらと暇を持て余す男たちを引き付けるのはギャンブルだ。バンコクの路地を歩くと、ドレスを着飾ったようなビラビラのひれを持つ闘魚を闘わせたり、トランプ賭博に興じている風景に出くわす。

 国技ムエタイの観客が熱いのは、スポーツそのものというよりは賭けた掛け金が支援選手への熱気を増幅させる構造を持つ。サッカーも同様だ。タイでは自国が参加していないワールドカップでも熱い視線が集まるのは、どこが勝ち上がっていくのか裏賭博が絡んでいるせいでもある。

 なお東南アジア一帯で共通するギャンブルというと、間違いなく闘鶏だろう。カンボジアのアンコールワット遺跡にあるバイヨンの南回廊には、庶民が闘鶏に興じる風景が彫り込まれている。闘鶏は大昔から綿々と継承されてきた伝統ギャンブルなのだ。

 鶏を抑え込んだ2人の男がにらみ合う。その男たちの腕から放たれた鶏は足で地を蹴り、虚空に舞い上がってつめを立て、くちばしを突き合わせて闘う。後ろのつめに2、3センチほどの刃を付けて戦うこともある。闘争心の強い闘鶏の戦いは、抜き身のドスを手にした決闘にも似ていて迫力満点だ。

 歴代の王朝が闘鶏を守ってきたのは、暇つぶしの娯楽としてではなく、「いったん緩急あれば義勇公に奉じる」ことができるように闘争心を育成しておきたかったのかもしれない。

(T)

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