2010年11月29日

防空壕で一夜

韓国から

 北朝鮮の砲撃を受けた韓国の大延坪島で一夜を過ごした。本土(仁川)に戻るには定期フェリーを使わなければならないが、取材を終える夕方以降の出港がなかったためだ。

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 昼間はあまり感じなかったが、日が暮れると島の雰囲気はガラリと変わる。島民避難で民家が集中している所は、どことなく物寂しい。山間部は照明が少ないし、海を見ても真っ暗で、いかにも北朝鮮の潜水艇が上陸してきそうだ。

 せっかくの機会だと思い、寝床は事件後、島民たちが一夜を明かした防空壕に決めた。小学校の校舎の脇にある「退避所」と記された防空壕だ。大きさは30坪くらいだろうか。コンクリートの床の上にプラスチックの台や発泡スチロールの板が敷き詰められ、その上は毛布が散乱したままになっていた。

 両脇にある出入り口は短い階段を降りて奥まった位置にあるが、門がなく吹きさらしに近いためかなり寒い。毛布をできるだけ多くかき集めてその中にくるまった。北朝鮮がいつまた攻撃してくるか分からない、島を出て行った後の生活はどうなるのかなど、不安が先立ち眠れなかったであろう島民たちの心境に思いを馳せた。

 一日中、島を歩き回り疲れが出たせいか、難なく寝入ってしまった。気が付くと朝の6時。毛布の中の温もりが心地よく、しばらくそのままじっとしていると、突然、外で「ドーン」という音が鳴り響いた。

 「また砲撃か」と思い、飛び起きて外に出た。すると、まだ暗い空から雨が降り注ぎ、遠くの空では稲光も。やれやれと一安心したが、北朝鮮が目と鼻の先にあるこの島では、雷の音にも安心していられないと思った。

(U)

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sekai_no_1 at 13:23│Comments(0)TrackBack(0)韓国・北朝鮮 

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