2011年07月18日

ハプスブルク氏の葬儀

オーストリアから

 約640年間、中欧を支配してきたハプスブルク王朝の“最後の皇帝”カール1世の息子オットー・フォン・ハプスブルク氏の葬儀が16日、ウィーンのシュテファン大聖堂で行われた。オーストリア側からもフィッシャー大統領、ファイマン首相らが出席するなど、準国葬扱いで、同氏の冥福を祈った。

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 同氏は4日早朝、ドイツ・バイエルン州のペクリングの自宅で、98歳で死去した。家族の話では「安らかに眠るように亡くなった」という。

 ハプスブルク氏は1912年11月20日、オーストリア・ニーダーエスタライヒ州のライへナウで、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝カール1世と皇后ツィタの長子として生まれた。オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊後、1919年にスイスに亡命し、スペインとベルギーで成長し、レーヴェン大学を卒業。

 ドイツでナチス政権が発足すると、反ナチス運動を展開し、オーストリアのドイツ帝国併合(38年3月)に反対した。世界大戦中は米国に住み、戦後、欧州に戻ってきた。

 ハブスブルク氏は1979年から99年まで独キリスト教社会同盟(CSU)の欧州議会議員として外交委員会で活躍する一方、「汎ヨーロッパ同盟」の名誉会長を務めてきた。「欧州の統合」は最後までハプスブルク氏の悲願だった。

(O)

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sekai_no_1 at 13:28│Comments(0)TrackBack(0)ヨーロッパ 

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